「最近の若者は」そう嘆く大人がいる社会で育てられてきたわけで

雑記

どうも、トウゴです。

先日、親友と朝から車で出かけたときの話なんですが、家を出たところで登校する小学生の集団に遭遇しました。

後ろから車が来ていても、誰一人として気にも留めない様子に親友は驚いていたので、「いつもこんなもんだよ、大人も特に注意してないし」と言ったところ、「今の子供は守られすぎじゃないか」と。

まぁ、大人たちの接し方が変化した結果でしょうか。

普通に注意する大人も少ない時代、そこで生きている若い世代の感覚が大人と異なっても不思議ではありません。

なので、若者たちを一方的に「最近の若者は」と嘆くのは、なんか違うんじゃないかなと思ってしまうのです。

今回はそんな話について書きました。

今の子供は誰が育てたのか

古代エジプトから愛用されている「最近の若者は」という嘆きは、使ってみると見事なブーメランになります。

なぜか分かりますか?

だって、その若者を育てたのは他ならぬ大人の社会ですよね。

子供がいない大人も間接的に社会の中で育てています。

地域の活動などで接したり、大人として正しい姿を見せるのも大事な教育ではないでしょうか。

昔のように「こらー!」と叱ったりしなくても、今はネットで注意を呼びかけたり、地域で情報を共有できる時代です。

時代が変わっても社会に大人と子供がいて、大人から学び育っていくのは昔と変りません。

嘆くならその問題に向き合いましょう

今の子供や若者を嘆いても、既にそうなっているものにあれこれ思っても仕方がないのではないでしょうか。

大事なのはそこからどうするかです。

嘆いているだけでは何も変わりませんからね。

若者が会社で叱られると辞めてしまうのも同じです。

それを、弱いとか甘えと感じる大人も少なくないと思いますが、そうやって批判しても何ら変りはしないでしょう。

結局は大人がその問題に向き合う必要があるのです。

最初に触れた朝の登校の場合なら、車がいかに危険であるか、車に気を付けていないのに事故がなかったのは運が良かっただけなどを理解してもらわないといけません。

これだけで全てが解決するとは思いません。

ただ、きっかけがなければ変るのは難しいでしょう。

若者も大人を見ています

大人が思うところがあるように、若者だって「あんな大人になりたい、なりたくない」と考えたりもするのです。

昔の僕も大人を見ていろいろ思いましたよ。

子は親を映す鏡と言われますが、若者は社会を映す鏡だと思いませんか。

大人のいろんな姿が若者に見られていて、影響を与えることもあるのだと忘れないで下さいね。

それでも「最近の若者は」と嘆きますか?

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