【実体験】ある作家の言葉で救われた底辺男の話

これは、僕が救われた話だ。

2006年から2019年8月現在まで無職、それが僕の偽らざる姿。

そして、この生活の中で道を踏み外さなかったのも真実である。

もともとの性質と言えるかもしれないが、ある誇りを持てるようになったからだ。

あの衝撃的な事件を受けて

その誇りとなる言葉は、2008年の秋葉原の事件に関係していた。

当時、犯人に非難と同情するような声もあったのを知っているだろうか。

立場や環境が違えば自分もそうなっていたかもしれないと。

人として許せない気持ちと、どこかやるせない部分もあったにちがいない。

だが、犯人と自らを近づけるのは違うと感じていたし、「俺はそっちに行かねーよ」とも思っていた。

そこに何の根拠や自信があったわけではない。

その一言が確信に変わった

作家の重松清さんが答えを出してくれた。

あの事件を受けて、思うところがあったり、人生に光を見出せていない人に向けてのエッセイだったと記憶している。

こう紹介しておきながら、覚えているのは肝心な一言ぐらいなのだ。

それは、「罪を犯していない自分を誇りに思ってほしい」といったものだった。

は?当たり前のことじゃん、間違っちゃいない、多分ね。

でも、どこかに驕りがあるのではないだろうか?

さも自分とは無関係、悪人やどうしようもない連中のことだと。

話を戻すと、重松さんの一言が「俺はそっちに行かねーよ」とリンクし、あれは誇りだったのかと確信に変わった。

驚き戸惑いがぐるぐる巡った後に、なんとも言えない喜びがあった。

どこか自分を肯定してもらえた気がしたからだ。

 

この当時から10年の月日は過ぎても、誇りは何も変わっちゃいない。

今だって僕の中にある。

これからも、きっと。

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